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研究内容
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1. 競合的な小脳シナプス回路発達の分子機構 (2)
1.4. P/Q型カルシウムチャネルと登上線維の単一神経支配確立
私は、P/Q型カルシウムチャネルがその有力な候補と考えていた。それは以下の3つの理由による。第1に、このカルシウムチャネルは プルキンエ細胞に非常に豊富で、このニューロンのカルシウム電流の90%以上を占めている(P/Q型のPはプルキンエ細胞の意味)。第2に、P/Q型カルシウムチャネルは終末部に分布して神経伝達物質の放出に関わることが一般的であるが、プルキンエ細胞では 樹状突起や細胞体などの神経情報入力部にも豊富に分布している。この事実は、感覚性大脳皮質において入力線維間の活動依存的な カルシウム流入を原理としてシナプス改築を制御するNMDA型グルタミン酸受容体の役割を思い起こさせる。プルキンエ細胞はNMDA受容体を 持たない例外的なニューロンであることから、P/Q型カルシウムチャネルがその役割を担っていても不思議ではない。第3に、このカルシウムチャネルは高閾値型であるため、その活性化には登上線維のような強い脱分極性が必要である。韓国のShin教授らのグループが作成したP/Q型カルシウムチャネルα1Aサブユニットのノックアウトマウスを用いて、狩野教授らと共同してこのα1A欠損マウスの解析を行った。この研究で、大学院生の宮崎君が、VGluT2の蛍光標識/登上線維のトレーサー蛍光標識/ プルキンエ細胞樹状突起の蛍光標識の3重染色と取組み、登上線維支配の形態学的解析のスタンダードとなる方法を確立した。学位論文提出締切りの前日に論文受理の連絡も届き、医学博士の学位も無事取得できた(Miyazaki et al., 2004)。
図4
予想は見事に的中し、α1A欠損マウスでは、GluRδ2欠損マウスとは正反対の表現型が起こっていた。α1A欠損マウスでは、登上線維による近位樹状突起の支配が弱まり、登上線維の分布範囲も分子層の半分程度にまで減少した。一方、近位樹状突起や細胞体からは 異所性のスパインが多数派出し、その多くをVGLUT1陽性の平行線維が支配していた。すなわち、登上線維支配の近位退縮と平行線維支配の 近位拡大が起こったのである。α1A欠損マウスの小脳失調もきわめて重篤で、電気生理学的解析では80%以上ものプルキンエ細胞が 登上線維による多重支配を受けていた。その多重支配様式を明らかにする目的で、3重染色による解析を行った。その結果、α1A欠損マウスの近位樹状突起と細胞体を、トレーサー(+)/VGLUT2(+)の登上線維に加えトレーサー(-)/VGLUT2(+)の別の登上線維も 支配しており、形態学的には90%以上のプルキンエ細胞において多重支配を観察した。近位樹状突起に対する連続電顕解析でも、トレーサー(+)/VGLUT2(+)の登上線維とトレーサー(-)/VGLUT2(+)の登上線維によるにおける多重支配が混在し、さらに平行線維による異所性シナプスも加わって、カオス的神経支配の様相を呈していた(図4)。野生型では近位樹状突起は1本の 登上線維が独占的に支配している事実を考えれば、α1Aの欠失によりその排他的な独占性が失われたことを示している。これらの所見に基づき、P/Q型カルシウムチャネルは、主要な1本の登上線維(最も強いカルシウム流入を起こす登上線維)の支配を 強化すると同時に、余剰な登上線維を排除し平行線維支配を遠位樹状突起に駆逐する分子機構であると結論した。
1.5. 包括的な小脳シナプス回路発達のメカニズム解明に向けて
図5
以上の研究成果から、プルキンエ細胞の2種の興奮性シナプス回路は相互に競合的であり、それぞれに強化分子機構が備わっていることが 明らかとなった。すなわち、遠位樹状突起における平行線維シナプス形成をGluRδ2が支援し、1本の主要な登上線維による近位樹状突起の 排他的支配をP/Q型カルシウムチャネルが支援する。その結果、一方の分子機構がなくなれば、それに支援されている入力線維の 支配テリトリーが減少し、他方に支援されている入力線維の支配テリトリーが拡大する。また、どちらの分子機構が欠損しても、余剰な登上線維が遠位もしくは近位樹状突起(細胞体も含む)に残存して多重支配となり、協調運動が障害される。従って、適正にテリトリー化された樹状突起支配を形成し、登上線維による単一支配を完了させるためには、GluRδ2とP/Q型カルシウムチャネルの 両者が不可欠である。(図5)今後、GluRδ2による平行線維との結合強化機構がどのようなメカニズムにより行われるのか、またカルシウム流入の下流で機能するシナプス強化と排除の実行分子は何であるのかなど、解明すべき重要な点が残されている。
それでは、プルキンエ細胞シナプス回路発達にとって、これらの2つの分子機構は十分条件であるか?この問いに対する答えは、明らかに否である。
1.5.1. mGluR1シグナル伝達機構による競合的シナプス回路発達制御
狩野教授らのグループは、代謝型グルタミン酸受容体mGluR1のシグナルカスケードが、登上線維の単一支配に必須であることを、mGluR1, Gaq, PLCb4, PKCgのノックアウトマウスの解析を通して明らかにしている(Kano et al., 1995, 1997, 1998; Offermanns et al., 1997; Ichise et al., 2000)。これらのマウスでは、平行線維シナプスは正常に形成されていることを考えると、平行線維シナプス活動により産生される何らかの代謝的ドライブが登上線維の支配基盤を相対的に弱め、その結果弱い登上線維から 除去されていくのであろう。しかし、mGluR1シグナル伝達系の欠失がどのような登上線維の多重支配を引き起こしているのか、また代謝的ドライブとは一体何であるのか、今後の解決すべき重要な点が残されている。
1.5.2. グルタミン酸トランスポーターよる競合的シナプス回路発達制御
シナプス間隙に放出されたグルタミン酸は、細胞膜性グルタミン酸トランスポーターにより速やかに除去される。これにより、グルタミン酸受容体の活性化が制御され、グルタミン酸のスピルオーバーが抑制され、グルタミン酸による興奮毒性からも 防御される。小脳プルキンエ細胞のシナプスには、特に高濃度のグルタミン酸トランスポーターが付与されている。グルタミン酸トランスポーターの 発現とその生理機能については、後日改めて紹介したい。
シナプス間隙を取囲むバーグマングリアにはGLASTが豊富に分布している。東京医科歯科大学の田中光一教授らはGLAST欠損マウスを作成し、軽度の運動失調と軽度の登上線維多重支配の残存が起こることを見いだしている(Watase et al., 1998)。最近、群馬大学の小澤教授らの グループは、電気生理学的に立ち上がりの遅い余剰な登上線維応答は、野生型マウス小脳スライスにグルタミン酸トランスポーターの ブロッカーを投与しただけで再現できることを見いだした(Takayasu et al., 2006)。これらの事実は、グルタミン酸除去機能が低下すると グルタミン酸のスピルオーバーが起こり、解剖学的に支配していない登上線維の活動でも周囲のプルキンエ細胞に応答が記録できる 機能的な多重支配状態となり、やがてこれが解剖学的な多重支配へと移行していく可能性を示唆している。
今後、包括的な小脳シナプス回路発達のメカニズム解明に向けて、研究を続けていく必要性を痛感している。
文責:渡辺 雅彦