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研究内容
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2. 過酷な競争を生きぬくシナプス回路 (2)
2.5. グルタミン酸とバレルの臨界期可塑性
シナプス回路の刈込みは、いつでも同じような効率で起こる訳ではない。幼児期の爆発的な知的芽生えや日々の新しい言葉や歌の学習からもわかるように、大脳のシナプス刈込みは年少期に起こりやすく、大人になるにつれ起こりにくくなる。小学校の低学年くらいまでの間にさらされた言語が自然と母国語になるのに、大人になってから移住した国の言語は決して母国語にはならない。刈込みに加え、年少期のシナプス回路に備わっているもう一つの特性は、刺激に敏感に反応して変化しやすい「臨界期(敏感期)」という特別な時期があり、この時期に強い刺激を与えられた優勢なシナプス回路は拡大し、周囲の劣勢な回路を駆逐していく能力が高いことである(図1Bの右下)。この回路の拡大縮小の起こりやすさを「臨界期可塑性」とよび、可塑性は大人になるにつれ減少していく。この現象も、バレルを使って実験するとよくわかる。ネズミの洞毛から大脳への感覚神経投射の臨界期は、生後0日から3日までの時期である。この時期にC列の洞毛を抜くと、C列のバレルは縮小して癒合し、反対に周囲のB列とD列のバレルが拡大する(図4A)。
臨界期可塑性は、NMDA型グルタミン酸受容体のノックアウトマウスでも正常に起こることから、刈込みとは異なるメカニズムにより制御されていることは判っていた。私たちは、グルタミン酸トランスポーターに着目して、その遺伝子ノックアウトマウスを解析してみた(Takasaki et al., 2008)。それは、シナプスで放出されたグルタミン酸を除去することで、グルタミン酸の環境濃度を低く保つ分子である。このマウスでは、シナプスの刈込みそのものは正常に起こり、バレルは正常に出現した。しかし、臨界期にC列の洞毛を除毛すると、起こるべきC列バレルの縮小とB/Dバレルの拡大がほとんどおこらなかった(図4B)。つまり、シナプス周囲のグルタミン酸濃度を低く保っておくことが、グルタミン酸を大量に放出する優勢な回路と、そうでない劣勢な回路との機能的格差を広げるメカニズムになっていることを物語っている。結局、グルタミン酸受容体とグルタミン酸トランスポーターが協同することで、臨界期の大脳では、シナプスの刈込みが進行して機能的な回路へとブラッシュアップされ(図1Bの左下)、訓練や学習によるシナプスの使用状況に応じた拡大縮小が起こり(図1Bの右下)、個性的な脳の回路ができあがっていくのである。
2.6. 登上線維の刈込みと円滑な運動機能
バレル形成におけるシナプス刈込みより、もっとよく研究されてきたのが小脳プルキンエ細胞に投射する登上線維の刈込みである。プルキンエ細胞は立派な樹状突起を持つことで有名なニューロンで(図5A)、私はこの美しさに魅せられて小脳の研究を続けてきた。この樹状突起に、登上線維と平行線維という2種類の入力線維がシナプスを形成し、運動制御のための情報処理を行っている(図5B)。プルキンエ細胞あたり、10万本の平行線維がシナプスを形成し、これから実行する運動情報と実行後に生じた感覚情報(筋の収縮度や関節の屈曲度)をプルキンエ細胞に伝える。一方、登上線維は、運動の修正に必要な誤差信号を伝える。1本とはいえ、つたのように樹状突起に巻きついて数百ものシナプスを形成して大量のグルタミン酸を放出するため、登上線維の活動は支配するプルキンエ細胞に対して強い興奮作用を及ぼす。登上線維の役割は、しばしば「教師的」と表現される。それは、運動の計画と結果の間に誤差が生じると、その原因となった不正な平行線維シナプスを抑圧することで、より目的に沿った運動へと軌道修正させるからである。例えば、余計な筋の収縮が起これば、ボールをシュートしてもリングには入らず、ピアノを上手に演奏することもできない。練習や訓練を繰り返すことで、登上線維による抑圧作用が不必要な筋活動を減少させ、楽器演奏やスポーツの技能が向上する。もし、複数の登上線維がプルキンエ細胞を支配して、めいめい勝手に活動すればどうなるだろう。正しい活動を行う平行線維シナプスまで抑圧され、歩行・姿勢・眼球運動などに重篤な運動障害が起こってしまう。
2.7. カルシウムチャネルと登上線維の刈込み
プルキンエ細胞は、NMDA型グルタミン酸受容体を持たない例外的なニューロンである。その代わり、もっぱら興奮の伝達機能だけを行うAMPA型グルタミン酸受容体(注3)だけを持ち、P/Q型カルシウムチャネル(注4)という別の分子を使ってカルシウムイオンを流入させるという、二段階の戦略をとる珍しいニューロンである。私は、プルキンエ細胞では、NMDA型グルタミン酸受容体の代わりにP/Q型カルシウムチャネルを使って登上線維の刈込みを行っているのであろうと狙いをつけた。この仮説を実証するために、このノックアウトマウスのプルキンエ細胞を支配している登上線維が単一なのか複数なのかを可視化する新たな多重標識法の開発を、当時大学院生であった宮崎太輔君と取組んだ(Miyazaki et al., 2004)。
この方法では、ある一部の登上線維のみに神経トレーサーを取込ませて標識する一方、全ての登上線維をある分子マーカーを利用して標識する。こうすることにより、例えば、赤い神経トレーサーを取込んだ登上線維は緑の分子マーカーとも重なって黄色の融合色となって光り、神経トレーサーを取込まない登上線維はそのまま緑に光る。プルキンエ細胞が黄色か緑どちらか一方の登上線維だけで支配されていたら単一支配であり、両方の色の登上線維が混在していたら多重支配と判別できる(図6A)。この判定方法を、P/Q型カルシウムチャネルのノックアウトマウスに初めて適用してみた。驚いたことに、観察したほとんど全てのプルキンエ細胞に、複数の登上線維による多重支配が見つかった(図6B右)。これに対して、P/Q型カルシウムチャネルを持つ通常のマウスでは、ほとんど全てのプルキンエ細胞できれいな単一支配パターンが確認された(図6B左)。これらの所見に基づき、P/Q型カルシウムチャネルは、主要な1本の登上線維の支配を強化し他の余剰な登上線維を排除する、まさに登上線維の刈込みに関わる中心的な分子であると結論した。
このように、「三つ子の魂百まで」の本質は、グルタミン酸の働きによる年少期のシナプス刈込みであるといえる。そこには、強い回路をより優勢にさせ、弱いものを除去もしくは抑圧するという過酷な競争原理が働いている。しかも、その競争は年少期に起こりやすく、その重要性は「小さな子には旅をさせよ」とか、子供に習わせるべき「読み書きそろばん」として古くより認識されてきた。
それでは、大人になってしまうと、脳の適応能力や可塑性は失われてしまうのか?現在の脳科学は、「加齢に伴い脳の適応能力は減弱しても終生なくなることはない」ことをも、次第に明らかにしている。
文責:渡辺 雅彦

図4「グルタミン酸トランスポーターと臨界期可塑性」
A. 臨界期可塑性。臨界期においてC列の洞毛を抜くと、活動が低下する劣勢な回路が縮小し、周囲の優勢な回路が拡大する。
B. 臨界期の生後0日(P0)とP2にC列洞毛の除毛を行うと、C列バレルは癒合して縮小する。しかし、その程度は、グルタミン酸トランスポーターノックアウトマウスでは軽微であるのに対し、野性型マウスでは著明である。臨界期が終わったP4での除毛では、どちらのマウスもバレルの変化は起こらない。この写真は北海道大学歯学研究科の高崎千尋博士より提供。
図5「小脳プルキンエ細胞のシナプス回路」
A. プルキンエ細胞をカルビンジン抗体で蛍光染色した写真。樹状突起が、まるで樹木の枝のように分岐するのがわかる。
B. プルキンエ細胞の樹状突起に投射する登上線維と平行線維。平行線維は顆粒細胞というニューロンの神経線維である。
図6「P/Q型カルシウムチャネルと登上線維の刈込み」
A. 神経トレーサー標識(赤)とマーカー分子標識(緑)を組み合わせた登上線維解析法の原理。神経とレーサーは一部の登上線維だけ、マーカー分子標識は全ての登上線維の終末部が染色される。もし、1個のプルキンエ細胞(カルビンジン抗体で青く染色)が、黄色の融合色の登上線維か、緑単独の登上線維のどちらかのみに支配されていえば単一支配(左)、黄色と緑の染色が混在していれば多重支配と判断できる(右)
B. P/Q型カルシウムチャネルノックアウトでは、黄色と緑に標識されたの登上線維(矢印)により、星印のプルキンエ細胞は多重支配を受けている。対照的に、野性型マウスでは、星印で示したプルキンエ細胞の樹状突起は黄色の登上線維による単一支配を受けている。この写真は、北海道大学医学研究科の宮崎太輔博士より提供。

NMDA型グルタミン酸受容体とならんで、イオン透過性グルタミン酸受容体を構成する主要な分子ファミリーである。こちらは、グルタミン酸に加え、その類縁体であるa-amino-3-hydroxyl-5-isoxazolepropionate (AMPA) により活性化される。もっぱらナトリウムイオンだけを流入させて、シナプスでの興奮伝達の中心的役割を果たしている。
グルタミン酸受容体の活性化により興奮が起こると、ニューロンに電気的変化(膜電位の上昇)が生じる。この電気的変化が引き金となって細胞内にカルシウムイオンを流入させる分子装置を、カルシウムチャネルという。構造と機能の異なる数種のカルシウムチャネルがあり、このうちプルキンエ細胞に豊富なものがP/Q型カルシウムチャネルである。P/QのPは、プルキンエ細胞の頭文字から付けられた。